世界フライ級・バンタム王者 ファイティング原田

  1943年(昭和18年)4月5日、東京都出身。本名は原田政彦。60年2月、プロデビュー。
  全日本新人王を獲得後、矢尾板貞雄の代役として62年10月にポーン・キングピッチ(タイ)の持つ世界フライ級タイトルに挑戦。徹頭徹尾のラッシュ戦法で11回KO勝ちを収め、19歳6ヵ月にして世界フライ級チャンピオンとなった。
  3ヵ月後の再戦でタイトルを失うとバンタム級に転じ、65年5月、8連続KO防衛中のエデル・ジョフレ(ブラジル)を下して2階級制覇を達成。再戦でもジョフレを退けるなど4度の防衛を果たした後、68年2月にタイトルを失った。その後、フェザー級で2度、世界タイトルに挑んだが3階級制覇はならなかった。
  スタミナと手数を身上とする右のファイター型。戦績は62戦55勝(22KO)7敗。現「ファイティング原田ボクシングジム」会長。88年から日本プロボクシング協会の会長を務める。